カンボジア・コンポンスプーで村人が掘り出した生の地雷

カンボジア・コンポンスプーで
村人が掘り出した生の地雷。
(2002年1月10日最相が至近距離で撮影)

2001年5月水俣を訪問されたクリスムーン氏と

2001年5月水俣を訪問したクリス・ムーン氏と
(宮副哲郎氏撮影)

学校の様子

熊本からの送金で机と椅子がそろった
地雷被害者エム・ボウンさんの学校の様子。
(2003年3月KLCC会員山下氏撮影)


KLCC(地雷廃絶と被害者支援の会・熊本)の概略

熊本発、地雷廃絶キャンペーンとクリス・ムーン氏

「行動しない限り何も変わらないのだから」

これは長野五輪の義手、義足の聖火『地雷と聖火』の中の彼の言葉です。平々凡々と日々を過ごしていた私は、50歳の誕生日を迎えてまもなく、朝日新聞の天声人語で、この本と、クリスの事を知りました。 地雷撤去作業の難しさ、地雷が埋められている国の“変えられないことなんて何もない”、“Never give up”というメッセージを発しつづけるムーン氏の生きる姿勢に深く感銘を受け、地雷廃絶キャンペーンを始める決心をしたのです。 21世紀をになう若者達に、ぜひクリスの生き方とその人となりに触れ、地雷の埋められている国々の状況を直接聞き、地雷廃絶と被害者への支援の輪を広げる動きに積極的にかかわって欲しいと思いました。 そのためには彼にぜひとも熊本に来てもらう事が第一と私は仲間を募り、クリスを招聘する為の行動を開始しました。

こうしてKLCC(Kumamoto Landmine Clearance Campaign:地雷廃絶と被害者支援の会・熊本)は生まれました。

2000年5月、クリス・ムーン氏は熊本にやってきました。6日間の滞在中、いくつかの講演を通してたくさんの人々がクリスに魅了されました。さらに阿蘇カルデラウルトラマラソンに参加、大雨の中を13時間16分25秒で完走しました。そして2001年5月再びクリスはやってきました。前年以上の過密スケジュールの中、水俣を訪れたクリスは、環境問題は、私達にとって重要な課題であり、地雷も環境を損ねている大きな問題なのだというメッセージを残してゆきました。胎児性水俣病の患者さん達とも心温まる交流が出来ました。クリスは、想像を遥かにしのぐ素晴らしい、意思の強い、そしてあふれんばかりの思いやりの持ち主です。彼の思いは地雷被害者のみならず、すべての障害のある人々へと広がりを見せています。

現在約7千万個の地雷が、70ヶ国以上に埋められていて、22分に一人が地雷のために命を落としたり大怪我をしたりしています。そしてカンボジアではUXO(不発弾)によって命を落とす子供もたくさんいます。一日でも早く地雷の無い世界が実現するように、一人一人がどんなに小さくても何かすることが大切だと強く感じます。私達KLCCは、クリスの来熊をきっかけとして集まった皆様からの浄財をクリスを通じて、地雷撤去活動をしているイギリスのヘイロー・トラストと被害者の支援活動をしているコンサ−ン・ワールドワイドという2つのNGO団体に寄付しています。 2001年2月には、私自身が、カンボジアを訪れ、この2つの団体の活動をつぶさに見てまいりました。どちらも、素晴らしいNGO団体で、現地の人達からも尊敬されています。さらに同年12月再度現地を訪問し、寄付を届け、5週間コンサーン・カンボジアでボランティア活動をしてまいりました。そして今年3月13日からの1週間、初めてのカンボジアスタディツアーを実施し、皆様からのご寄付をヘイローとコンサーン、そしてカンボジアトラストに届けてまいりました。 

 クリスと同じように地雷で右足と右手の指をなくしたエム・ボウンさん一家が運営する低学年の子ども達のための私設の学校(公立の学校は村から遠すぎるのです)に熊本の子ども達の寄付で、机と椅子が備えられました。この学校の子ども達と交流することも出来ました。

私はこの支援の活動を私の命のあるかぎり続けていく覚悟です。日本から遠く離れた国々で私たちの想像を絶する生活を強いられている人々のことを出来る限り沢山の方々に知っていただくために何時でも、何処へでも、お話をしに伺います。 そして肩肘を張らずに、“出来る時に、出来るかたちで、無理をせずに出来るだけ”をモットーに、皆様とご一緒に、地雷で苦しむ人々の力になってゆきたいと思います。

(2003年4月)KLCC(地雷廃絶と被害者支援の会・熊本)
代表 最相博子(090‐2968‐4971)

地雷廃絶と地雷の被害者への支援活動に御協力ください。

2005.11.16 更新
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